中原中也・幻影

幻影

私の頭の中には、いつの頃からか、
薄命さうなピエロがひとり棲んでゐて、
それは、紗(しや)の服なんかを着込んで、
そして、月光を浴びてゐるのでした。

ともすると、弱々しげな手付をして、
しきりと 手真似をするのでしたが、
その意味が、つひぞ通じたためしはなく、
あわれげな 思ひをさせるばつかりでした。

手真似につれては、唇(くち)も動かしてゐるのでしたが、
古い影絵でも見てゐるやう――
音はちつともしないのですし、
何を云つてるのかは 分りませんでした。

しろじろと身に月光を浴び、
あやしくもあかるい霧の中で、
かすかな姿態をゆるやかに動かしながら、
眼付ばかりはどこまでも、やさしさうなのでした

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中原中也とは

・1907年(明治40年)4月29日山口県山口市湯田温泉に生まれる。
・1937年(昭和12年)10月22日没
・日本の詩人、歌人、翻訳家。
・短い生涯の中で350篇以上もの詩を残す。天才詩人。
日本大学予科、中央大学予科などを経て東京外国語学校(現在の東京外国語大学)専修科仏語部修了。
・弟の弟の亜郎(あろう)を亡くし、1923年、京都に出て、長谷川泰子と知り合い、ダダイストの詩を作る。
・1925年、東京に出て小林秀雄に泰子を取られてからは詩作に没頭。
・上野孝子と結婚、長男文也が生まれるも亡くなってしまう。それからは詩に没頭。一生の大半をその悲しみのふちで過ごしたといわれる。
・作品は「山羊の歌」「在りし日の歌」などに収録されている。