「コンメディア・デッラルテ」

中世の北部イタリアで生まれた即興演劇「コンメディア・デッラルテ」

コンメディア・デッラルテは、仮面を使用する即興演劇です。16世紀中頃にイタリア北部で生まれ、その後、18世紀頃までヨーロッパで広く流行しました。イタリア以外では、コンメディア・イタリアーナとも呼ばれ、芸術の国イタリアが生み出した喜劇として、当時のヨーロッパの中流階級の人々に楽しまれていました。

■コンメディア・デッラルテの起源
コンメディア・デッラルテの起源については諸説ありますが、古代ローマの「アテルラナ」という演劇ではないかと言われています。アテルラナは、コンメディア・デッラルテと同じように、ストックキャラクター(個性や話し方などを大きく誇張して表現した架空のキャラクター)を使って即興演技によって行われる風刺喜劇だったためです。

カトリック教会が演劇の内包する批判性を問題視して弾圧していた500年ほどの間に、アテルラナという演劇スタイルは歴史の表舞台から消え去りました。しかし、その間もヨーロッパ各地を旅しながら演劇を続けた人々のスタイルとして継承され、長い歴史の中で徐々に洗練されていったと考えられます。それが、ルネッサンス以降の芸術復興期にコンメディア・デッラルテとして、再び世に現れたのではないかと言われています。

■コンメディア・デッラルテの登場人物
コンメディア・デッラルテの登場人物は、性格・服装・仮面・演技などにステレオタイプ的な分かりやすい特徴を備えています。例えば、「イル・カピターノは、元兵士で戦の手柄で人々の尊敬を集めているが、その手柄は別の者が立てたもので、実は臆病者」、「パンタローネは、金持ちで欲深く、色欲旺盛な老商人」、「アルレッキーノは、道化師でありペテン師でもあるが、極悪非道というほどではない」といった具合です。

このように登場人物が特徴的なキャラクターを有することで、観客のキャラクターに対する理解を早め、すぐに俳優の演技や演劇の内容に集中させることができる利点があります。また、俳優の側も特定のキャラクターを専門に演じることで、そのキャラクターに関する理解が深まり、即興でも自然と演技ができる利点があったと考えられています。

■コンメディア・デッラルテの影響と広がり
コンメディア・デッラルテは、発祥地の北部イタリアに留まらず、ヨーロッパ各地の幅広い層に受け入れられました。イギリスのシェイクスピアや、フランスのモリエールなどの劇作家にも大きな影響を与えており、中世欧州の芸術に確かな爪痕を残しています。

また、レオンカヴァッロの『パリアッチ』や、リヒャルト・シュトラウスの『ナクソス島のアリアドネ』、プッチーニトゥーランドット』など、シナリオや構成にコンメディア・デッラルテの要素を取り入れたオペラ作品も数多く、それらのオペラは現在でも観劇することができます。

21世紀になった現在においても、コンメディア・デッラルテの演劇手法は継承され続けています。イタリアを中心に欧州の現代劇の劇団の中には、コンメディア・デッラルテの方法論を研究し、俳優の演技指導や実際の舞台に活かそうとする動きも見られます。

★コンメディア・デッラルテについて書かれた書籍はあまりありませんが、下記の本は多くの図がありかなりわかりやすかったです。

ハーレクィンの世界―復権するコンメディア・デッラルテ

ハーレクィンの世界―復権するコンメディア・デッラルテ